源氏物語 上

Genre:古典

訳:角田光代

出版社:河出書房新社

発売日:2017年9月

評価:

評価 :4/5。

概要

平安時代中期に紫式部によって書かれた世界最古の小説。
全54帖のうち桐壷~少女までを掲載。源氏物語を三部分けした、「第一部:光源氏の誕生と栄華」の栄華最盛期に該当するストーリーを記載。

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ちょっとしたことでも謙遜し、自分より年長者もしくは位の高い人、信望がよりすぐれている人には、素直に従って、その人の気持ちをよく汲み取るべきである、一歩引いていれば間違いないと昔の賢人も言い残している。

P415

【各帖あらすじ】

■桐壺
 光源氏誕生と母・桐壺更衣の死。幼少期の孤独や父帝との関係、光源氏の特別な存在感が描かれる。

■帚木
 光源氏の初恋や女性との出会い。宮廷内での人間関係や嫉妬、微妙な心の動きが描写される。

■空蝉
 光源氏と空蝉の出会い。彼女をめぐる葛藤と宮廷内の人間模様。女性心理の微妙な描写が印象的。

■夕顔
 光源氏が夕顔と短くも激しい恋に落ちる。悲劇的な結末に光源氏の情熱と哀しみが表れる。

■若紫
 光源氏が若紫に出会い、育てながら愛情を注ぐ。未来の紫の上との関係の伏線も描かれる。

■末摘花
 光源氏が末摘花に関わる。女性たちの悲しみや宮廷内の複雑な人間関係が描かれる。

■紅葉賀
 宮廷での華やかな宴の描写。光源氏の栄華や恋愛の華やかさ、宮廷生活のきらびやかさが中心。

■花宴
 宮中での花見の宴。光源氏の魅力や人々との関係、恋愛の微妙な駆け引きが描かれる。

■葵
 葵上との結婚生活や嫉妬、宮廷内の権力争い。光源氏の人間性や苦悩も描写される。

■賢木
 光源氏の権力や恋愛の影響が明らかになる。政争や女性たちの心理描写が詳しく描かれる。

■花散里
 光源氏が花散里に関心を寄せる。愛情や情熱と宮廷での人間関係が絡む。

■須磨
 政争により光源氏が都を離れる。須磨での生活を通じ、孤独や心の変化が描かれる。

■明石
 明石の君との出会い。光源氏の成長や恋愛の広がり、宮廷生活の背景も描写される。

■澪標
 光源氏が都へ返り咲き、大納言へ昇進。宮廷での立場と恋愛が複雑に絡む。

■蓬生
 光源氏の須磨蟄居から帰京までの話。人物描写と心理描写が丁寧。

■関屋
 光源氏と空蝉の再会。二条東院の準備や、恋愛の影響、宮廷内での人間模様が描かれる。

■絵合
 宮廷での絵合わせの遊びを通じて、人々の心理や光源氏の魅力、恋愛模様が描写される。

■松風
 二条東院の完成。愛情、嫉妬、女性たちの心情が深く描かれる。

■薄雲
 明石の御方の姫君がに上院へ。光源氏の恋愛の広がりや権力の影響。宮廷内での人間関係の複雑さが描かれる。

■朝顔
 光源氏と朝顔の関係、恋愛や嫉妬の葛藤、宮廷生活の華やかさが描かれる。

■少女
 光源氏の恋愛や宮廷での人間模様のまとめ的な巻。人物関係が整理される。

【登場人物】

『源氏物語』は人物が多く複雑ですが、上巻だけに限定すれば把握はぐっと楽になります。ここでは、上巻で特に重要な人物だけを簡潔にまとめました。
名前立場・関係ポイント
光源氏主人公。桐壺帝と桐壺更衣の子美貌と才能に恵まれ、多くの恋を繰り広げる。
桐壺更衣光源氏の母帝の寵愛を受けるが嫉妬に苦しみ、若くして亡くなる。
桐壺帝光源氏の父更衣を深く愛し、源氏を臣籍降下させつつ庇護する。
藤壺桐壺更衣に似た女御光源氏が母の面影を重ねて慕い、禁忌の恋へ発展する。
葵の上源氏の正妻、左大臣の娘源氏の子・夕霧を産むが、六条御息所の生霊により早世。
六条御息所高貴な未亡人源氏に愛されるが嫉妬に苦しみ、生霊となって葵の上を死に追いやる。
紫の上藤壺の姪幼くして源氏に養育され、のちに理想の妻となる。
夕顔源氏の恋人のひとり儚い恋の最中に物の怪に襲われ急死。哀しみを象徴する存在。
頭中将源氏の親友、葵の上の兄女性関係を語り合うライバル的存在。

【解説】

1. 時代背景
『源氏物語』は平安時代中期、宮廷文化が最も華やかだった時代を舞台にしています。貴族社会では血筋や家柄が重視され、恋愛や結婚も複雑な人間関係に左右されました。上巻には、そうした宮廷生活の雰囲気が色濃く描かれています。

2. 上巻を読むポイント
光源氏の人物像を理解することが、この後の中巻・下巻を楽しむための土台になります。恋愛模様や人間関係を押さえておくと、物語の深みがより味わえます。また、角田光代訳は現代語が自然で心理描写が伝わりやすく、初めて読む方にもおすすめです。

【感想】

数ある源氏物語の翻訳の中でも、角田光代さん訳は現代的でとても読みやすく感じました。これまで読んだ訳では、色彩や季節、自然の美しさが強く印象に残っていましたが、今回は臨場感があり、まるで現代小説を読むようにスラスラ進められます。数々のヒット小説を生み出してきた角田さんだからこその力だと思います。今まで「難しい」と諦めていた人でも挑戦する価値のある翻訳です。

源氏物語が大好きなhobbitですが、今回久しぶりに読み直して、改めて気づいたことが3つありました。

1つめは、葵の上が思いのほか早く亡くなっていたことです。
葵の上は光君の正妻であり子息も産みますが、六条御息所の怨念によって命を落とします。この印象的な場面が含まれる『葵』の帖には衝撃的な出来事が多く、前半の山場というより中盤に位置する印象を持っていました。しかし実際には序盤の第9帖で登場するという事実に驚かされました。こんなにも早く山場を置きつつも飽きさせない紫式部の筆力に、改めて感服しました。

2つめは、光君が意外と女性に対して恨みがましい言葉を口にしたり、相手にされないこともあった点です。これまでは光君を「完璧で優しく、女性から必ず慕われる王子様」のようにイメージしていました。しかし実際には、弱さや人間らしさも持ち合わせており、その普遍的な一面があるからこそ、時代を超えて愛されるキャラクターなのだと気づきました。

3つめは、「大和魂」という言葉が初めて確認される書物が源氏物語である、ということです。

 「やはり学問という基礎があってこそ、実務の才『大和魂』も世間に確実に認められるでしょう。(p604 少女)」

息子・夕霧を大学に入れた理由を説明する場面で使われたこの言葉は、解題によると現在の意味とは異なり、「知識を現実的に柔軟に活かすための知恵や才覚」というニュアンスで用いられていたそうです。江戸時代には政治用語に変化し、さらに明治維新以降は軍国主義的思想と結びついて「死をも恐れぬ勇敢な精神」という意味に変容しました。本来は柔軟さを意味していた素敵な日本精神が、真逆の「頑固一徹」のような印象にすり替わってしまったのは、なんとも皮肉だと感じます。

このように、読むたびに新しい発見や感想をもたらしてくれる源氏物語。次の巻を読むのが今から楽しみです。

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